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転生したら、推しの軍人様が「筋肉信者」になっていた。
――何を言っているか分からないと思うけど、私にも分からない。
◇ ◇ ◇
私は大学三年生のコハル。ちょっぴりオタク気質で、気になったものはとにかく挑戦、何でも前向きに頑張りたいタイプの女!
そんな私は最近、AI会話ゲームにドはまりしている。これはお気に入りのAIキャラクターと一緒に、様々な世界を作り上げたり冒険したり出来るゲームだ。
昔から空想癖のある私にとって、こんなに楽しい世界は無かったのだ!「おっとっと、今日もログイン、ログイン!」
操作したスマホの画面にパッと現れたのが、私の最推しカイル・レオンハルト大佐。彼が登場するのは、戦場を舞台に過酷な状況を乗り越えていくお話なんだけど、とにかくこの大佐が最高。
冷徹、寡黙、任務最優先のクールな男! 高身長、銀色短髪、イケメン、そして筋肉!!これまでは細身の王子様タイプにときめくことが多かったんだけど、何故かこのゲームでは、カイル大佐が私のハートにドストライクだった。つまり、私は筋肉に目覚めたのだ。
ポチポチとチャット欄に私は会話を打ち込む。
『大佐、おはようございます! 今日はトレーニングに行ってきます!!』
『そうか。良い心がけだ。戻ってきたら、次の任務が始まるぞ。気を引き締めて行ってこい!』「あーっ、推しの一言が染み渡るううぅ! やる気100万倍出ちゃうぅ!」
このままゲーム内の会話を続けたい気持ちもあるけれど、そこはぐっと我慢だ。何故なら、今日の私には大事な使命がある!
……そんな訳で私は、人生で初めてのスポーツジムへとやって来た。トレーニングウェアに着替えて準備万端。
そう、私は大佐への憧れが燃え上がった結果、遂に現実世界でも筋肉への道を歩み始めたのだ! (カイル大佐、待っていてください。筋肉の強さは心の強さ。私も素晴らしい筋肉を手に入れて見せま――)「おーい、倒れるぞ!!危ないっ!!」
「ひょえ?」
ガッシャーン、と大きな音がジムのフロアに響き渡る。なんと筋トレマシーンが私の頭上から落下してきたらしい。
そして私は死んだ。……嘘ぉ!?
◇ ◇ ◇
私はこうして確かに死んだのだが、何故か大きな声に叩き起こされた。
「いつまで眠っている。起きろ!!」
「ふぇっ??」
驚いて目を開けると、そこに広がるのは戦場の景色。そして……、
「か、カイル大佐!?」
そう、私の推しその人がそこに居た。
(まって一体何が起こっているの!?)
突然の展開に混乱したが、それもほんの一瞬のことだった。私のオタク的頭脳はすぐに結論をはじき出す。
「異世界転生だ!!」
間違いない。一時期爆発的に流行した例のアレだ。何がどうしてこうなったかは分からないけど、私は推しのいるゲームの世界に転生したみたい!
一人で盛り上がっていると、痺れを切らした様子でカイル大佐が迫って来た。「何を訳の分からないことを言っている、コハル。お前は今日から配属されたのだろう? ここは戦場だぞ、気を抜くんじゃない!」
「はっ、私の名前!?」
「当たり前だろう、他に誰がいる!」
成程、私は自分の名前のまま、プレイヤーキャラとしてこの世界に転生しているらしい。ゲームの場面は最初の導入パートのようだ。
つまり、一から推しとの関係を作っていけるってこと!? 最高じゃない!!「はいっ! コハル、頑張ります!!」
「うむ、良い返事だ! では早速、最初の任務について話をする――」
はあ、それにしても推しの顔が良い。声も想像以上に良い。というか、立体化して喋って動いている時点で百億万点。生きてて良かった。いや私、死んでるけど。
改めて考えると死んでしまったのは確かに悲しい。でも、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
くよくよする位なら、今いるこの世界を全力で楽しんでしまおう。それが異世界転生者の嗜みというものに違いない!心の中で決意しながら、最初の任務の説明を聞く。このゲームは会話により展開が分岐していくのだが、逆を言えば序盤の流れは同じだ。もう何百回も繰り返してきたので、内容は熟知している。
「――つまり、このエリアの敵を殲滅するのが我々の仕事だ。理解したか?」
「はい、勿論です、大佐!!」
それにしても、この世界では一体どんな展開が待っているのか。ここはAI会話ゲームの世界。本来の話の広げ方は無限大である。
真面目に大佐を支えて絆を深めるのが王道ルートだが、不良部下をやって相手を振り回してみるのも面白い。天然ドジっ子キャラを演じてイベントを起こすのも楽しそうだし、いっそ実は私は敵のスパイでしたなんて設定も可能だ!
しかし、転生後のこの世界には果たしてどの程度の自由度があるのだろう。転生ものでよく見るルール説明してくれる神様的な存在には出会っていないし、ゲームのコマンド画面的なものだって出現させることは出来ない。
何も分からない以上は、大佐を存分に愛でつつも、真面目に任務をこなすのが間違いなさそうだ。大丈夫、どんな展開になろうとも、熟練者の私ならば乗り越えられるはず!
そんな風に夢を膨らませていると、カイル大佐から追加の説明が告げられる。
「ちなみに、我々に支給されている物品は以下の通りだ」
「承知しました!」
「だが、こんなものは正直どうでもいい!」
「……はい??」
あれ、何かが可笑しい。まだ、ほぼ台詞固定のチュートリアルの場面のはずだ。それなのに、聞いたことも無いカイル大佐の言葉が飛び出す。
これがゲーム中なら、レア演出に大いに盛り上がるところだけど……!?「一番大切な防具を、君は知っているな!」
「えっ、は、防具……ですか!?」
「そう――、」
その瞬間、バサッ!と大佐の軍服が宙を舞い、地面に落ちた。
「筋肉だ!!! 筋肉の強さは、心の強さ!!!!」
「た、大佐――!?」
とんでもない台詞と共に、カイル大佐は軍服の上着を脱ぎ棄てて筋肉を露出させた。私は唖然として硬直する。大佐はこんな脱ぎたがりキャラだったっけ? いや違う、絶対に違う!
彼の筋肉は確かに素晴らしいが、それはあくまでもチラ見せの範疇で、プレイヤーが勝手に盛り上がっているというだけだ。私が推している大佐自身は、ごくごく真面目な軍人キャラであったはずだ。
私は暫し陽の光を浴びてきらめくその筋肉を見つめていたが、ハッと我に返ると大佐へと言い募る。
「駄目です、着てください! 何かバグってます、ちょっとAIバグってますから!!」
「何を言っているんだ、コハル! 君も脱ぎたまえ!」
「脱げるかー!!!」
……もしかしなくても、私、とんでもない世界に転生しちゃった!?
あれから移動すること数十分、私たちは初任務の現場に到着した。ちなみに大佐は服を着ている。道中で5回くらい脱ぎかけたけど、私の決死の説得のおかげで何とか着衣を保っている!「ここが敵モンスターの居る場所ですね、大佐!」「そうだ、コハル。油断するなよ」 初任務、つまりこれはチュートリアルみたいなものだ。AI会話ゲームの展開は自由で無限大だが、この初期戦闘だけは大体内容が固定されている。「拠点確保のために、ここにいるモンスターの群れを倒すんですよね!」「その通りだ。コハルは魔法を使えると聞いている。君の戦闘能力を見せて貰おう!」「……!」 さらっと重要な情報が出た。どうやら、私は魔法使いタイプらしい。折角異世界転生したのなら、魔法を使ってみたいというのは全オタクの夢だと思う! 私はやる気に満ちあふれながら答えた。「お任せください!」 そして頭の中では冷静に、ゲームで何度も経験したチュートリアルイベントについて思い出す。 出現モンスターはランダムに数種類。フィールドラビット、オオネズミ、グラススネーク、ハーベストバードなどの動物系が主体だ。そこに少し強めのゴブリン、ゴーレム、ピクシーなどが何体か追加されるのが基本構成となっている。 重要なのは、モンスターの構成を最初にきっちり把握することだ。 カイル大佐の戦闘能力はかなり高い。強めのモンスターを彼に対応してもらい、自分は雑魚モンスターを倒す補助的役割をこなすことが出来れば、このチュートリアルはかなり安全にクリアできるのだ! ――ああ、何か今の私、凄く転生者っぽい!!「さあ、なんでも来いッ!!」 私の言葉を待ち構えていたかのように、草原の向こうから土煙を上げて敵が迫ってくる。「モンスターの構成は――って、ええっ!?」 だが、現れたのは様々な種族の入り混じるモンスターの群れ――ではなく、ぷるぷると揺れるスライムの大群だった。「ちょっと可愛い……って、違う! え、なに、なにあれえええ!?」「さあ行くぞ、コハル!!」「いや、待ってください、大佐! 違和感を覚えませんか!? スライムですよ、ぷるぷるの!! オールスライム!」「ああ、筋肉が足りていなくてけしからんな! 行くぞ!!」「何がですか!?」 私の突っ込む声は、スライムの大群襲来による混沌にかき消された。 しかしともあれ
「さあ、説明は以上だ。敵が密集している地帯へ移動するぞ!」「いえ、待ってください、大佐」「なんだ、怖じ気付いたのか?」「ある意味怖いですよ、半裸でキメ顔の貴方が!!」 そう、カイル大佐は上半身裸だった。 任務の説明の途中で突然上着を脱ぎすてたまま、私のいかなる説得にも応じず筋肉を見せつけ続け、そうして今もこうして堂々と立っている。 確かにナイス筋肉だ。左右均等に盛り上がる大胸筋、腹直筋の彫刻のような割れ目、腕を少し曲げるだけで盛り上がる上腕二頭筋。 ゲーム時代から彼の立ち絵にこっそり見えていた逞しい腕を堪能したことはあったが――実物は情報量が多すぎる。 いや、本当に。情報量が。多すぎる。「……っ」 思わず目をそらす。正直、眩しすぎてまともに直視できない。視界がうるさいのだ。この状態で何の話をされても、筋肉以外が頭に入ってくるはずがない。「移動するなら、とにかく着てください! 服を!!」「必要ない。我々に必要なのは、任務遂行への固い意思だけだ!」「ああ、その決め台詞をこんなどうでもいい場面で!」 私は頭を抱えた。カイル大佐はふざけているわけではなく、本気だ。 もともと寡黙で実直、融通が利かないところもあったが――今はそこに“筋肉信者”という属性が追加されてしまっているらしい。「大佐っ……!」 とはいえ、私はこのゲームを限界までやり込んだ女だ。理不尽なイベント分岐やAIの変な行動パターンも読み切ってきた。 そんな私なら、この“半裸大佐”を正しいルートに戻す一手を打てるはず。(考えろ、考えるんだ、私。――そうだ!!) 熟慮の末、天才的なアイデアが舞い降りた私は、気合で悲し気な表情を作った。そして、しんみりと大佐に語りかけたのだ。「大佐……、本当に、このままで良いのですか?」「どういうことだ?」「筋肉が……筋肉が、泣いています……」「何っ!? 急に何を言い出すんだ」「大佐には聞こえませんか。筋肉の悲しい泣き声が」「筋肉の、泣き声……!?」「そうです。まだ出番ではないのに晒されて……これでは本番の戦いで、実力を発揮できません!」「……!」 カイル大佐は愕然とした表情を浮かべた。その目が「そんなことが……!」と言っている。やっぱり真面目すぎる性格は健在だ。「……確かに、コハルの言う通りだ」 そう呟く
転生したら、推しの軍人様が「筋肉信者」になっていた。 ――何を言っているか分からないと思うけど、私にも分からない。◇ ◇ ◇ 私は大学三年生のコハル。ちょっぴりオタク気質で、気になったものはとにかく挑戦、何でも前向きに頑張りたいタイプの女! そんな私は最近、AI会話ゲームにドはまりしている。これはお気に入りのAIキャラクターと一緒に、様々な世界を作り上げたり冒険したり出来るゲームだ。 昔から空想癖のある私にとって、こんなに楽しい世界は無かったのだ!「おっとっと、今日もログイン、ログイン!」 操作したスマホの画面にパッと現れたのが、私の最推しカイル・レオンハルト大佐。彼が登場するのは、戦場を舞台に過酷な状況を乗り越えていくお話なんだけど、とにかくこの大佐が最高。 冷徹、寡黙、任務最優先のクールな男! 高身長、銀色短髪、イケメン、そして筋肉!! これまでは細身の王子様タイプにときめくことが多かったんだけど、何故かこのゲームでは、カイル大佐が私のハートにドストライクだった。つまり、私は筋肉に目覚めたのだ。 ポチポチとチャット欄に私は会話を打ち込む。『大佐、おはようございます! 今日はトレーニングに行ってきます!!』 『そうか。良い心がけだ。戻ってきたら、次の任務が始まるぞ。気を引き締めて行ってこい!』「あーっ、推しの一言が染み渡るううぅ! やる気100万倍出ちゃうぅ!」 このままゲーム内の会話を続けたい気持ちもあるけれど、そこはぐっと我慢だ。何故なら、今日の私には大事な使命がある! ……そんな訳で私は、人生で初めてのスポーツジムへとやって来た。トレーニングウェアに着替えて準備万端。 そう、私は大佐への憧れが燃え上がった結果、遂に現実世界でも筋肉への道を歩み始めたのだ! (カイル大佐、待っていてください。筋肉の強さは心の強さ。私も素晴らしい筋肉を手に入れて見せま――)「おーい、倒れるぞ!!危ないっ!!」「ひょえ?」 ガッシャーン、と大きな音がジムのフロアに響き渡る。なんと筋トレマシーンが私の頭上から落下してきたらしい。 そして私は死んだ。 ……嘘ぉ!?◇ ◇ ◇ 私はこうして確かに死んだのだが、何故か大きな声に叩き起こされた。「いつまで眠っている。起きろ!!」「ふぇっ??」 驚いて目を開ける